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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)1015号 判決

上告人 大熊久次郎

被上告人 高知県知事

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由は別紙のとおりである。

上告人は本訴を提起して、被上告人高知県知事が昭和三三年四月一日訴外岡村絹子外一三四名に対して交付した証明書に基く医業類似行為業者たる旨の証明の無効確認を求めるのであるが、右証明行為は上告人に対する行為ではなく、上告人に関係のない行為であつて、上告人はその無効確認を求める法律上の利益を有しないものといわなければならない。この点について、上告人は、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法二条によつて認定された養成施設を経営しているのであるが、被上告人がした本件証明書の交付により、右施設への入学を志望する者が減少し、施設の経営を困難ならしめる旨を、一審以来、主張しているのであるが、かりに上告人が所論のような不利益を受けるとしても、その不利益は、単なる事実上の不利益に過ぎず、法律上保護に値する利益の侵害ということはできない。よつて、右証明行為の法律上の性質いかんにかかわらず、その無効確認を求める本訴は訴の利益を欠くものと解すべく、原判決が理由とするところは、これと異なるけれども、上告人の訴を却下したのは、結局正当であつて、論旨は理由がないものといわなければならない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告人の上告理由

一、上告人は厚生大臣より認定され名称を香川県指圧学校となし上告人個人により学校経営をなしている従つてこの学校は社団又は財団法人でもなく学校法人法による学校でもない。

この点については第二審裁判所にて明らかに認められた通りである。

二、被上告人が昭和三三年四月一日訴外岡村絹子、三村千鶴、水野喜美子、吉本昌三郎、白石亀吉外一八四名に対して交付した証明書によつて同人等があん摩師、はり師、きゆう師、及び柔道整復師法第十九条の規定により昭和三六年十弐月三十一日まで医業類似行為をすることができるものとしてあん摩師、はり師、きゆう師、柔道整復師法第十九条第一項に基かない書面を交付したのである。

元来あん摩師はり師きゆう師柔道整復師法以下法と云う第十九条第一項には昭和二十二年十二月二十日以前において引続き三ケ月以上に亘り医業類似行為を業としていた者は翌年一月一日から同年三月三十一日までの間に厚生省令の定める事項について都道府県知事に届け出た場合に限り昭和三十六年末日までその営業の継続が認められることになつている。

三、然るに拘らず被上告人は前記の期間内に何等その旨の届出をしない者等である前記訴外岡村絹子外一八七名に対し証明書を交付したのであるが被上告人は前記の届出期間にその旨の届出洩業者であると称しこれらの者に対しあたかも法定期間内に届出がなされていたかの如くこれに準し昭和三十三年四月にこれらの者に対し昭和三十六年末日まで営業が出来る証明書を不法に交付したのである。

これらは上告人が提出している各号証により明白に立証が出来る。

依つて上告人はこれを主張したところ第二審裁判所にて前述の各号証は認められながら第二審の判決に於ては本件訴は却下する旨の判断を受けた。

尤も判決理由の中では上告人が主張する所即ち被上告人が本件で訴外岡村絹子外一八七名に対して交付した本件証明行為はあん摩師はり師きゆう師柔道整復師法に準拠して居らないこと、又その他格別法律の根拠に基づいてなされていない行為・判決理由中「右証明行為は何等法規に基づいてなされたものではない」ものと判断せられてはいる。

四、然し第二審判決は以上の判断にも拘らず結局本件訴を却下すべきものと判決しているのであるがその理由について判決理由中

「然し乍ら右証明行為は何等法規に基づいてなされたものでないのみならずその法律上の効果についても何等法規が存しないのであるから行政庁のなした単なる事実行為であるという外なく」

と判示して結局のところ単なる事実行為であるとせられた。

従つて右証明行為はその証明を受けた者でないところの控訴人「上告人」に対しては勿論その証明を受けた者その他何人に対しても何等法律上の効果を及ぼすものではない。

と判示している。

「故に行政訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の処分というべきではない」

と判断している。

五、然し乍ら被上告人のなした本件証明行為が法規上根拠がないから単なる事実行為であるとの点については法律の解釈を誤つていると考える。

なる程被上告人がなした本件証明行為についての法規が全くなくこれは放任行為であると云うものではない。

却つて前掲法第十九条第一項所定の場合に限つて営業の継続が許されること。

又反対解釈として前掲法第十九条第一項所定の届け出でをしなかつた者は営業ができない旨を規定したものと解さなければならない。

そうだとすれば都道府県知事と雖も前掲法の拘束を受けて本件の如き証明行為をしてはならないものと云はなければならない。

それにも拘らず被上告人が敢えてなした本件証明行為は前掲法に違反してなしたる違法な証明行為であると謂うべきであつて第二審判決の判断するように単なる事実行為と考えるべきではないものと信ずる。

次に第二審判決はその理由の中で

証明行為はその証明を受けた者でないところの控訴人(上告人)に対して勿論その証明を受けた者その他何人に対しても何等法律上の効果を及ぼすものではないと判示しているのは法の解釈を誤つていると考える。

被上告人が本件証明行為をなしたことによつて前記訴外岡村絹子外一八七名は少なくとも高知県下に於ては前掲法第十九条第一項に違反しながら知事によつて営業を許可されて営業に従事している、この状態は前掲法が侵害せられたままの状態であり法に反する営業と云う違法な状態が継続している訳である。

従つて被上告人の違法な本件証明行為によつて上告人は上告人主張の如く事実の影響を蒙ると共に証明を受けた者等は違法な営業でありながら少なくとも高知県下に於ては適法なりとして営業ができることになり一般世人は違法な営業によつて施術を受けることとなる訳けである。

而して斯様な影響がある事実が高知県下で行われている所以のものは被上告人がなした違法なる本件証明行為の結果であるから此の場合本件証明行為による法律上の効果を及ぼすものと謂はなければならない。

第二審判決が「何等法律上の効果を及ぼすものではないから行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の処分というべきではない」と判断しているのは法の解釈を誤つている。

既に上記の如く第二審判決の判断に誤りがあると考える。

此のような法の解釈を誤まつた前提に立つて第二審の判断は亦法の解釈を誤まつたものと謂はなければならない。

高知県に於いて被上告人がなした本件証明行為が前掲法第十九条第一項に違反してなされたものであり乍ら、一応形式的には知事の許可行為と云う形をとることによつて前掲法に違反し法の排除せんとする施術行為が営業として適法な形で継続せられているものとすればこれは単なる事実行為として如何なる意味でも法規上の根拠がないと云うように第二審判決の如く解すべきものではない。

行政事件訴訟特例法第一条は行政庁の処分と雖も違法で無効なるものは無効である、取消さなければならないものは取消す、という裁判の必要性に基いて設けられているものであるところ本件はまさしく特例法第一条の規定を設けられた趣旨に該当するような場合であると考える。

被上告人がなした証明行為は前述の如く違法で且つ法律上根拠なきことは明らかなところであり亦たこの証明についても事実に反する証明を行政庁「公務員」が職務上作成したる文書であつてこれは権利義務に関する事実を証明されるところの公正証書であり一般人にありては前述の如く適法なるものと誤つて施術を受けることとなり現に受けている。

即ち昭和三十六年七月二十五日(本件第二審判決直後被上告人は違法なる効果なき事実を判り乍ら高知県公認指圧師の氏名を明記したバッチ並に高知県公認指圧師携帯証明書を発行して営業を継続せしめている。

以上の諸点からしても第二審判決は法の解釈を誤りその誤つた判断によつてなされたものであるからこれは取消さるべきである。

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